はじめに:広告会社の「変化する役割」
かつて広告会社の主な役割は、テレビや新聞、雑誌などのメディアに広告を出稿し、クリエイティブを制作し、キャンペーンを実施することでした。クライアントの要望に応じて「良い広告をつくること」が仕事の中心だった時代です。しかし、テクノロジーの進化、消費者行動の変化、そして企業を取り巻く経済・社会環境の複雑化により、その役割は大きく変わろうとしています。
今、広告会社には「マーケティング戦略の共創パートナー」としての新しい役割が求められています。単に広告を届ける存在ではなく、企業の経営課題に寄り添い、事業成長を共に考える存在へ。この記事では、広告・コミュニケーション領域における「コンサル機能の進化」について考察していきます。
第一章:マーケティング課題の構造変化
現代のマーケティング課題はかつてないほど複雑です。情報が氾濫し、消費者の価値観は多様化。SNSの登場により、生活者一人ひとりが情報発信者となる時代において、企業は一方的なメッセージだけでは共感を得られません。
また、デジタル広告の浸透によってマーケティング活動の「効果測定」が可能になった一方、ROI(投資対効果)への厳しい視線が向けられるようになり、施策の即効性と中長期のブランド価値構築のバランスが求められています。
さらに、SDGsやESG投資の浸透により、企業の「存在意義」や「パーパス」が問われるようになりました。単なる商品の良し悪しではなく、その背景にある価値観や社会的スタンスまでがブランドの評価軸となる時代です。
こうした環境下では、広告だけで企業のマーケティング課題を解決することは困難です。より統合的な視点と深い洞察、そして戦略的なアプローチが必要となっています。
第二章:広告会社の「コンサル化」が進む背景
このような背景から、広告会社が従来の「制作・出稿支援」の枠を超え、コンサルティング的な役割を担うケースが増えています。
例えば、企業の事業戦略やパーパスを踏まえたマーケティング戦略の策定、商品開発段階からのコミュニケーション視点の提供、生活者インサイトの深堀りによる戦略立案、データに基づくKPI設計とPDCA支援など、活動領域は上流へとシフトしています。
クライアントとの関係も「受託関係」から「共創関係」へと変化。広告代理店は、単なる発注先ではなく、課題解決を共に担うパートナーとして信頼を築くことが求められています。
この「コンサル化」が進むことで、広告会社はマーケティング全体の統合管理者としての役割を強め、クライアント企業の「外部脳」として機能し始めているのです。
第三章:進化するコンサル機能の具体例
では、実際に広告会社がどのようなコンサルティング的支援を行っているのか、具体例を挙げてみましょう。
【事例①】戦略パートナーとしてのポジショニング再設計(ブランドリポジショニング)
ある老舗の和菓子メーカーは、長年にわたって地元で愛されてきたブランドでしたが、若年層からの認知・支持が年々低下していました。広告会社はその背景にあるブランドの”時代とのズレ”に注目し、ポジショニングの再設計を提案。まず、若年層へのヒアリングやSNSの言及分析を行い、彼らが和菓子に求める価値が「伝統」よりも「新しさ」や「見た目のかわいさ」であることを特定しました。
そこで、商品のネーミングやパッケージデザインを大胆に変更。伝統的な菓子にポップな世界観を与えることでInstagramなどでのシェアが急増し、来店客数とEC売上がともに大きく伸びる成果を上げました。
【事例②】生活者インサイトを起点とした商品企画支援
地域密着型スーパーを展開するクライアントでは、毎月の販促施策に限界を感じており、新たな差別化ポイントが求められていました。広告会社は生活者の買い物行動を詳細に観察・分析。特に共働き世帯の増加と夕方の買い物ストレスに着目し、「時短ニーズ」に対応した調理済み食材キットの開発を提案しました。
店内でヒアリング調査と棚前観察を行い、さらにSNSでの食卓投稿の傾向も分析。結果、地域の旬野菜を使った“ご当地ミールキット”を開発・販売することに成功しました。広告会社は商品名や販促物の制作だけでなく、品揃えや棚割提案にも関与し、プロジェクトの初期から深く関与することで、月商ベースで1.5倍の売上増に貢献しました。
【事例③】データ活用による統合プランニング支援(マス×デジタル×CRM)
全国展開する日用品メーカーでは、マス広告とデジタル広告、そしてCRMがバラバラに運用されており、効果の最大化が図れていないという課題がありました。広告会社はまずCDP(カスタマーデータプラットフォーム)を導入し、全チャネルの接触・購買・行動データを統合。次に、各チャネルごとの役割を再定義し、テレビCMではブランド認知を、SNSでは生活者とのエンゲージメントを、CRMではリピート促進を担う構成としました。
さらに、購買履歴に基づくリターゲティング広告や、ECサイトと連携したクーポン配信を行うなど、チャネル横断での一貫したシナリオ設計を実施。その結果、テレビCMの波及効果が可視化され、デジタル施策との相乗効果で年間の売上は前年比120%を達成しました。
【事例④】コミュニケーションPDCAとダッシュボード化
大手ドラッグストアチェーンでは、全国店舗で展開される販促キャンペーンの効果測定が支店ごとにバラバラで、集約や分析に時間がかかっていました。広告会社はまずKGI・KPIの再設計から着手。来店促進だけでなく、購買単価・カテゴリ間のクロスセルなども評価指標に加えました。
次に、各種施策の実行状況と売上データをリアルタイムで確認できるダッシュボードを構築。店舗担当者がスマホでもチェックできる仕様にしたことで、日々の意思決定スピードが大幅に向上しました。加えて、広告会社は週次の分析レポートと改善提案をクライアントと共有し、PDCAサイクルを回す文化が社内に根付きました。その結果、販促費のROIが15%向上し、施策の精度とスピードが飛躍的に改善されました。
第四章:必要な人材と組織体制の変化
こうしたコンサルティング機能の進化を支えるのが、人材と組織の変革です。従来のクリエイターや営業職に加え、マーケター、ブランドストラテジスト、データサイエンティスト、UXデザイナーなど、多様な専門性が求められています。
また、社内にすべてのノウハウを抱えるのではなく、大学・研究機関との連携や、外部スタートアップとのオープンイノベーション、地方自治体やNPOとの協業など、ネットワーク型の組織も増えています。
特に重要なのは「問いを立てる力」と「課題を構造化する力」。答えを出すだけでなく、企業が本質的に向き合うべきテーマを発見し、整理し、合意形成を図る能力が広告会社に求められるようになっています。
終わりに:未来の広告会社とは?
広告会社はこれからも「広告」をつくるでしょう。しかし、その意味合いは大きく変わりつつあります。単にCMを制作・出稿する存在ではなく、企業の成長戦略を共に考え、社会との関係構築を支援する「マーケティングの共創パートナー」へと進化しています。
未来の広告会社は、クライアントの外部パートナーであると同時に、生活者や社会の変化に最も敏感な存在として、企業と社会の接点をデザインする役割を果たすでしょう。
コンサルティング機能の進化は、広告会社自身の進化でもあります。その変化を恐れず、むしろ積極的に取り入れることで、新たな価値創造が可能になるのです。
広告業界の未来は、まさに「共創」の中にあります。
コメント